わかりやすいPET(Positron Emission Tomography)の話

今日は PET (Positron Emission Tomography)の話。

 

PET は普通に使われています

まず、知っておいて欲しいことは、医療関係者は PET は当たり前のように知っているという事実です。
医療画像関係で言うと、レントゲン・CT・MRI・US の次あたりにくると思います。
癌検診で使われることが多く、実際の画像はこんな感じです。
画像は https://www.pet-net.jp/treat/pet/ からお借りしてきました

 

PET はどうやって飛んできた光の発生位置を確定させているのか?

で、ここからが本題。
紹介したサイトでは
「ブドウ糖を光らせておき、取り込んだがん細胞に目印をつける。
がん細胞は糖の消費が激しいので、明るく光った場所からがんの位置が特定できる」

などと説明されてますが、光っただけでは「どこで光ったか?」まではわかりません。
でも、PET 画像では肺野からの高シグナル信号が赤で描出されてますね。
なぜでしょう?
というと曖昧すぎるか。
このときの光は具体的には 511kev というエネルギーを持っています。
このエネルギーを検出する装置は「検出はできるがどこから飛んできたか」まではわかりません。
人間の眼のように「眩しい方から飛んできた」と認識できるほど賢くないんです。

では、どうやって PET は飛んできた光の発生位置を確定させているのでしょうか?

 

PET の測定原理

細かい話は後述しますが、PETでは最終的に計測しているのは光です。
光が波と粒子の二重性を持つのは高校物理〜大学教養あたりで習ってますよね。
PET から出てくる光はかなり高いエネルギーを持っています。
このエネルギー領域だと、光は、波としての性質より粒子としての性質が勝っており、検出されるときは、必ず、粒子、つまり弾丸のように検出器に飛び込んできます(実際には、検出、つまり観測されるとき、光はすべからく粒子のように振る舞うんですが、ここではわかりやすさ重視でこのように説明します)。
簡単に図示すると以下のようになります。

ここでAとBにほぼ同時に光がたどり着いたとします。
では、この情報からどうやって「この光がどこから飛んできたか」を決めればいいのでしょう?
AとBで検出されただけなら、CからでもDからでも飛んできた可能性があるわけです。
さあ、これをどうやって決めているのでしょうか?

「光子は弾丸のように検出器に飛び込んでくる」と書きましたが、このときの光子は「ペア(2個)で必ず発生した地点からそれぞれ180度反対方向」に飛び出てきます。
AとBで検出されたのなら、光子の発生点は必ず A-B 間のどこかにあるはずです。
同様の理屈で A’ と B’ で検出されたなら、光子の発生点はA’-B’間になります。

核分裂する原子が組みこまれた糖は、がん組織に多数集積されているので、図のような場合には、

 光子の発生点は AB と A’B’ の交点

になることが予想できるわけです。

なんか数学っぽいですが、巧妙な原理ですね。

検出器の一個一個は、光子がどこから飛んでくるのかわからないのに、3次元的に配置するとシステムとしてそれがわかってしまうってのが、このアイディアのキモでしょうか。

検出される光子は「ペア(2個)で必ず発生した地点からそれぞれ180度反対方向」に飛び出てきます。
この性質があるから、有難いことに、どこに糖類似の物質が集積されているか推定できるわけです。
では、なんでこういったある意味、がん検出に都合の良い性質を持っているんでしょうか?


陽電子という反物質

ところで「光る糖」というのは、実際には FDG(フルオロデオキシグルコース)という物質です。
化学構造はグルコースとそっくりですが、核分裂するフッ素(F)原子が組み込まれています。
FDG はがん細胞にグルコースと同様に取り込まれますが、一定のところで代謝が止まってしまいます。
だから、「光る糖」FDG ががん組織に特異的に集積されていたわけです。

質量数 18 の F が β崩壊して酸素になるというのが基本的な崩壊形式なんですが、このときの β崩壊は β+崩壊というやつです。
おそらく高校までで習っている β崩壊は β-崩壊のみです。

β-崩壊は「中性子が陽子と電子に崩壊する」(だから質量数は不変で原子番号が+1します)ので、β-崩壊しているならフッ素は原子番号が一つ増えたネオンにならなきゃおかしいはずなんですが、実際は電子番号が-1して酸素になります。
なんでこれを高校で教えないかというと崩壊するときに陽子が中性子と反電子(電子の反物質。質量が同じで電荷が+。反物質を高校では教えない)に崩壊するからだと思います。
反電子は電子と衝突すると、存在自体は電子とともにきれいさっぱり消滅します。
物理の世界では、これを対消滅といったりします。

物質と反物質が衝突すると、消滅する。
まるで SF の世界ですね。

ところで生体組織内には電子は山ほどあるので、放出された陽電子はほぼ崩壊した位置で対消滅します。

 

反物質といえども物理の法則に従う

その対消滅なのですが、存在自体は消えてもエネルギーはどこかにいかないとエネルギー保存則が満たせません。

ここでかの有名な相対論の出番です。

E=mc2 より
「質量 m を持つ電子と反電子が消滅したのだから、それはその静止質量エネルギーを持った光子(質量ゼロ)に変わった」
と考えるわけです。

こうすればエネルギー保存則も満たせますね。

また、対消滅がおこる直前の電子と反電子の運動量の和はほぼゼロと考えられます。
このシバりがあるため、飛び去っていく光子の運動量の和もゼロでなくてなりません(運動量保存則からの要請)。
実際には、2個の光子が同じ大きさの速度で反対方向に飛んでいけばこの要請も満たせますね。

で、これが現実におこってます。
(だから検出器で観測される光子のエネルギーは電子の静止質量エネルギーに対応する511kevです)

 

終わりに

反物質などというと絵空事、SF的で未来の先端技術のように感じるかもしれませんが、医学では(あまり強調されてませんがw)それが当たり前のように使われています。

また、PET の測定原理にしても、アウトラインを抑えるだけなら高校物理程度の知識があれば十分に可能なように思います。

 

 

猪股弘明
医師(精神科:精神保健指定医)
理学士(物理)

(追記)PET に関するもうちょっと詳しい話は
PET/CT フュージョン画像
などをご参照ください。

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